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イレブンナインとは?シリコンウェーハの工程と市場の核心

半導体産業の根幹を支えるのが、超高純度の単結晶シリコンウェーハです。デバイスの微細化が進む中、わずかな不純物すら致命的な性能低下を招くため、材料レベルでの高い信頼性が求められています。本稿では、いわゆる「イレブンナイン」と称されるシリコン精製の技術と市場の現状について、あらためて整理します。

シリコンは自然界では精製が必須

シリコン(Si)は、酸素に次いで地殻中に豊富に存在する元素ですが、自然界では単体としてはほとんど存在せず、主に酸素と結合した二酸化ケイ素(SiO₂)、すなわちケイ石や石英の形で産出されます。この状態のシリコンは、岩石や砂に多く含まれ、地球上に極めて豊富に分布していますが、半導体に求められる電子的特性を備えるには不十分です。したがって、ケイ石から高純度な金属シリコンを取り出すための化学的・物理的処理が必要になります。

99.999999999%の超高純度を実現するプロセス

半導体グレードのシリコンには、いわゆる「イレブンナイン」と呼ばれる99.999999999%の純度が要求されます。この極限ともいえる純度水準は、単に不純物が少ないというだけではなく、熱的・電気的特性のばらつきを極限まで抑えるために不可欠な条件であり、デバイスの性能、歩留まり、信頼性に直結します。その実現には、精緻な化学プロセスと高度な結晶成長技術の両立が必要とされます。

まず、高純度の多結晶シリコンを出発点とします。この原料は、金属シリコンを塩素化してトリクロロシラン(SiHCl₃)などの化合物に変換し、それを再び水素還元させて析出するという、極めて複雑なプロセスを経て得られます。この段階で既に純度は9N(99.9999999%)級に達しており、電子材料として使用可能なレベルです。しかし、半導体製造用ウェーハには、これをさらに単結晶化し、かつ原子レベルでの結晶欠陥を抑制した状態で供給しなければなりません。

そのために用いられるのがチョクラルスキー法(Czochralski method)です。この方法では、石英製のるつぼに多結晶シリコンを投入し、ホウ酸やドーピング元素を加えた上で、約1420℃の高温で溶融します。次に、原子配列の基準となる種結晶(seed crystal)を溶融シリコンに接触させ、回転・引き上げを同時に行いながら結晶を成長させていきます。この引き上げ速度や回転数、温度勾配は微細に制御されており、少しの乱れでも結晶欠陥が生じるため、装置全体にわたる極めて高い制御精度が求められます。

成長するインゴットは、直径の均一性や結晶方位、内部ストレスなども厳格にモニタリングされながら形成されていきます。特に、酸素や炭素の微量混入を抑制するためには、石英るつぼとの反応性をコントロールする手法や、アルゴン雰囲気下での精密なガスフロー制御も不可欠です。

また、デバイスによっては抵抗率やキャリア濃度を制御するために、ドーピングをインゴット成長時に同時に行うケースもあり、この際のドーパント分布を均一に保つことも技術的課題となります。近年ではさらに、磁場を利用して溶融シリコン内の対流を抑える**磁場チョクラルスキー法(MCZ法)**も活用され、酸素濃度の制御精度が飛躍的に高まっています。

こうして製造された単結晶シリコンインゴットは、ナノメートル単位の設計ルールに対応できる平坦性と純度を有し、次世代のロジックLSIやメモリ製品のベースとして機能します。求められる品質水準は年々上昇しており、単に高純度を保つだけでなく、異物密度、転位密度、酸素濃度、結晶方位の揃い具合といった複数のパラメータを同時に満たすことが必須となっています。

このように、99.999999999%という数値は単なる象徴ではなく、極限まで性能を引き出すために到達せざるを得ない現実的な仕様であり、シリコンインゴットの育成は、今なお材料科学とプロセス工学の粋を集めた領域として、技術革新の中核に位置しています。

単結晶インゴットからウェーハへ

チョクラルスキー法などで育成された単結晶シリコンインゴットは、そのままでは半導体製造に使用できません。ウェーハとして実用化するためには、複数の精密加工工程を経て、幾何学的にも材料特性としても極めて高い精度を持った状態に仕上げる必要があります。

まずインゴットは、結晶成長中に付加された種結晶や不安定な端部を切除した後、一定の長さにカットされ、シリンダー状に整形されます。この段階では、インゴット全体の結晶方位を精密に測定し、それに基づいて所定の方向(通常〈100〉面や〈111〉面)に正確に整列させて加工が進められます。方位精度は後工程のリソグラフィーやデバイス性能に影響を与えるため、X線回折法などを用いた高精度の方位決定が欠かせません。

次に、整形されたインゴットはダイヤモンドワイヤーソーなどの工具によって、数百ミクロン単位の厚みにスライスされ、ウェーハ状になります。スライス工程では、ウェーハの厚み公差や面の並行度、面粗さなどが厳しく管理されており、これにより後工程の加工負荷を最小限に抑えることができます。また、ブレークエッジやチッピングといった欠陥を避けるため、切断条件の最適化や洗浄工程との組み合わせが必要です。

切り出されたウェーハは、次にラッピング(研削)やポリッシング(鏡面研磨)といった平坦化工程に送られます。ここでは表面の高低差を数ナノメートル以下に抑えることが要求され、最終的には原子レベルでの平滑性と均一な厚みをもったウェーハが完成します。この段階で得られるウェーハは「prime wafer」と呼ばれ、SOI(Silicon on Insulator)やエピタキシャル成長のベースとして用いられる場合もあります。

また、近年の300mmウェーハでは、端部に向かっての厚みムラや反り(warp)・歪み(bow)などがプロセス歩留まりを左右するため、形状計測や応力分布の評価も極めて重要です。最終段階では、パーティクルの付着や微細傷の有無をチェックする外観検査が行われ、クリーンルーム内で出荷梱包されることになります。

このように、単結晶インゴットからウェーハへ至るプロセスは、単なる材料加工にとどまらず、半導体の電気特性・機械特性・信頼性に直接影響する要素が集約された工程です。各工程における精密制御と品質保証こそが、ナノメートルスケールの最先端デバイス製造における前提条件であると言えます。

世界出荷面積と市場のスケール

シリコンウェーハの需要は、半導体デバイス市場の拡大と強く連動しています。なかでも、近年の出荷面積の推移は、ロジック・メモリ・パワー半導体といった用途の多様化、さらにはファウンドリやIDMの設備投資動向を映し出す重要な指標とされています。

業界団体であるSEMI(Semiconductor Equipment and Materials International)が2021年2月に発表したデータによれば、2020年における全世界のシリコンウェーハ出荷面積は124億700万平方インチに達し、前年比で5%の成長を記録しました。この数字は、新型コロナウイルスの影響による一時的な需要抑制を乗り越えた結果であり、在宅勤務やクラウドサービス需要の高まり、データセンター・5Gインフラ整備の加速が、特にロジック・DRAM向けの出荷を底上げしたとされています。

出荷面積124億平方インチという規模は、平面的に換算すると東京ドーム約171個分に相当し、その物量の大きさは、シリコンがまさに現代のインフラを支える「産業の土台」であることを象徴しています。シリコンウェーハは、すべての半導体デバイスの基板となる素材であり、その安定供給はグローバル経済における中核的なインフラとも言えます。

また、ウェーハの出荷構成には口径別のトレンドも色濃く表れています。2020年時点では300mmウェーハが主流となっており、全出荷面積のうちおよそ6割以上を占めています。300mmウェーハは、1枚あたりから得られるチップ数が多く、設備投資対効果に優れるため、量産向けの先端ラインでは必須となっています。一方、200mm以下のウェーハも依然として需要が存在し、パワーデバイスやアナログ製品、MEMSといった分野では150mm・200mmラインが今も主力として稼働を続けています。

特筆すべきは、近年の旺盛な需要を背景に、200mmウェーハの供給逼迫が継続していることです。新規装置の製造が難しく、再稼働や中古装置の活用が活発化している状況が続いており、素材供給の観点でも価格上昇圧力が強まっています。

さらに今後は、300mmを超える450mmウェーハの実用化可能性も再び注目されています。かつて技術的・経済的理由で棚上げされていた450mmウェーハは、AI・HPC用途の高スループット化が求められる中で、再び議論の俎上に上がり始めており、EUV露光や自動搬送の進化とともに、次世代量産体制の転換点となる可能性を秘めています。

このように、シリコンウェーハの出荷面積は単なる数量指標ではなく、技術ロードマップと市場構造のダイナミズムを如実に映し出す鏡とも言えます。供給能力、需要構成、加工精度、さらには口径ごとの製造装置エコシステムまでを巻き込むこの市場は、今後も半導体産業全体の成長エンジンとして機能し続けることは間違いありません。

まとめ

半導体の高性能化と微細化が限界領域に突入する中、製造プロセスの最上流に位置するシリコンウェーハの品質と供給体制が、これまで以上に重要な意味を持つようになっています。99.999999999%という異常ともいえる純度が求められる背景には、ナノスケールでの電気的安定性を支える材料制御の精緻さがあり、単結晶育成からウェーハ加工に至るまでの一連のプロセスは、まさに“技術の総合格闘技”とも言える領域です。

加えて、300mmウェーハを中心とした出荷量の増大は、単に製造能力の拡充だけでなく、製品カテゴリやエンドユーザー需要の多様化を映し出しています。ウェーハの直径ひとつをとっても、その背後にはコスト構造、装置互換性、歩留まり、ひいてはサプライチェーン全体に波及する複雑な判断が存在しており、単なる素材から戦略資産へと位置づけが変化しつつあるのです。

今後、AIや自動運転、グリーンテックなどの分野で求められる演算・電力制御の機能は、より高度なプロセス統合を必要とし、これまで以上にウェーハの品質管理や供給安定性が製品の差異化要素になります。こうした時代においては、単にシリコンを“削って使う”というレベルではなく、その生成から成形、そして運用に至るまでのあらゆる技術知見が、半導体産業の競争力を決定づける要素になることは間違いありません。

素材技術への投資は、時間もコストもかかる一方で、長期的な差別化と安定供給の鍵を握る戦略的領域です。だからこそ今、あらためて“素材を見る目”が問われているのです。

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